婚カチュ。
 

焼き鳥店の扉を抜けると、白い月が浮かんでいた。


「あの、よかったんですか? ごちそうしてもらっちゃって」

「ええ。変なところを見られてしまったので、口止め料ということで」
 

ごちそうさまでしたとお礼を言うと、短く返事をして広瀬さんはビルの谷間に浮かぶ望月を見上げた。

静かな夜だった。
終電の時間まであと3時間以上も残っている。このまま帰るのはなんだか名残惜しい。そう思っていたら、突然彼が向き直った。


「すこし、お月見していきませんか」

「え?」

「今日は月見日和なので、となりの駅まで歩きましょう」
 

そう言ってさっさと歩き出す。細い背中にあわてて続いた。


月がくっきりと浮かんでいるぶん、空気は冷たい。
となりの駅までは歩いて十五分ほどだ。
 
広瀬さんのとなりを歩きながらわたしの気持ちは落ち着かなかった。
 
ふたりでお酒を飲むというのもさることながら、夜道を並んで歩くという状況に心が追いつかない。

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