婚カチュ。
なんで歩こうなんて言い出したんだろう。
勘繰ってみても、彼はひたすら前方の月を見つめていて、やっぱりただお月見がしたかっただけなのかな、と思い直した。
わたしと彼のあいだを乾いた風が通り抜けていく。
きっと桜田さんだったら空気の入る隙間もないほどぴったりと寄り添って並ぶのだろう。
なんて余計なことを考えて、幸福な時間に自分で水をさし、うな垂れた。
手放しで幸せな時間とは言えないけれど、それでもこんなに胸が高鳴るのは久しぶりだ。
松坂と一晩お酒を飲んで過ごしても、戸田さんと手をつないで歩いても、得られなかった心の震えは、とても痛くて、とても心地いい。
隣の駅まではオフィスビルが立ち並ぶ大通りをまっすぐ進み、途中で細いわき道に折れる。眠っているビルの谷間をしばらく進んでいくと、小さな川の流れにさえぎられた。
10メートルもない短い橋がかかり、それを越えて坂をのぼった先に地下鉄の入り口が見える。