婚カチュ。
「広瀬さんの、あの驚いた顔!」
笑い続けるわたしに、彼は少しばつの悪そうな顔をする。
「いや、あれは誰だって驚くよ」
「意外と恐がりなの?」
「いや、だからさっきのは仕方ないって」
お互いに敬語が薄れて、それがまたおかしかった。
風船を結び付けられたようにからだが軽い。まるで雲の上を歩いているように、ふわふわと心地いい時間だった。
ふと、広瀬さんに見つめられていることに気付いて、わたしは呼吸を整えた。
「なんですか?」
目じりに浮かんだ涙を拭きながら尋ねると、彼は優しげに表情を崩す。
「いえ、なんでもない、です」
嬉しそうに口元を緩めたと思ったら、そのまま橋に向かって歩き出した。繋がった手に自然と引っ張られる格好になる。
伝わるぬくもりに、いまさらながら鼓動が早まった。
広瀬さんは無言のまま私を連れて橋を越え、坂道をゆっくり登っていく。
そのあいだ、一言も口を利かなかった。
恐怖に怯えて求めあったお互いの手は、恋人同士のように指が絡んでいる。