婚カチュ。
 
3  ◇ ◇ ◇

 

あんなに笑ったのは久しぶりだ。
表情筋がまだ死滅していなかったことにほっとする一方で、胸をえぐられる想いだった。
 

自分の笑った顔はここしばらく鏡で見ていないけれど、広瀬さんの笑った顔ならすぐに思い出せる。
それに付随して、忘れてしまおうと思っていた感情も胸の奥から引きずり出された。
 

本当に、恋愛感情というものは厄介だ。

彼の笑顔がふとした瞬間に甦って仕事の邪魔をする。
 

パソコンの画面には作りかけの請求書が映し出されていた。
5分前の状態から、なにひとつ進んでいない。

わたしはため息をついた。

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