婚カチュ。


「ねえ紫衣ちゃん」
 

声をかけられて振り向くと、母親が戸惑ったような顔で立っていた。


「電話だけど、あなた何かしたの?」

「え?」
 

視線を下げると母親はわたしのスマホを持っていた。最近操作を覚えはじめてやたらと触りたがるのだ。わたしははっとした。


「まさか、出たの?」

「うん、だって、いいよって言ったじゃない」

「そのいいよじゃないってば」
 

あわてて端末をひったくる。通話相手を確認せずに終了ボタンをタップし、わたしはため息をついた。


「あのねお母さん、さっきのは、出なくていいよ、のいいよだから」 

「ねえ紫衣ちゃん」
 

母はわたしの話など耳に入らないように、心配そうな目で見つめてくる。


「電話、弁護士の人からだったんだけど、あなた何か問題でも抱えてるの?」

「え」
 

あわてて着信履歴を確認すると、広瀬さんの名前に混じって戸田さんの名前が表示されていた。


「ねえ、紫衣ちゃんてば」
 

母親の声をさえぎって、わたしは急いで電話をかけ直した。
 


< 190 / 260 >

この作品をシェア

pagetop