婚カチュ。
 
◇ ◇ ◇


待ち合わせは戸田さんの職場から近い駅を選んだ。
もうすぐ着きますとメールをしておいたせいか、地下鉄の改札を出たところで甘い微笑に迎えられた。


「申し訳ない、仕事帰りなのにわざわざ来てもらって」
 

戸田さんはいつものように上品にスーツを着こなしているけれど、今日はワンポイントをきらりと光らせている。


「いえ、地下鉄で一本ですから。それより」
 

彼のとなりを歩きながら、わたしは金色に光るそれに目を奪われた。


「すごいですね、それ。はじめて見ました」

「え? ああ、これ」
 

戸田さんは襟穴に光っていたそれを外し、わたしに見せてくれた。

弁護士徽章――いわゆる弁護士バッジというやつだ。


「今日は午後、地裁に行ったから。……外すの忘れてたよ」

「裁判所、ですか?」
 

馴染みの薄い言葉にわずかに衝撃を受ける。


「和解協議の打診があってね」
 

なんでもないように言う彼と手の中のバッジとを見比べて、この人は本当に弁護士なのだと実感した。


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