婚カチュ。


「君を譲ってくれ、と頼まれた」
 

頬をこわばらせてるわたしを寂しげに見つめ、


「弁護士のあなたには選べる女性がほかにいるだろうが、俺には先輩しかいない、と。そう言っていた」 
 

そこまで言って彼は目を伏せた。
 
寝耳に水で、わたしは言葉が出なかった。
口を金魚のようにぱくぱくと開けてしまう。本当に驚くと、ひとは無意識に口を開けてしまうものらしい。


「確認したいのはひとつだけだ」
 

目線を下げたまま、戸田さんは静かに言った。
気のせいだろうか、肩が震えているように思える。

ついさっきまで威風堂々と本棚の前に鎮座していたとは思えないほど、わたしの目に、彼はちいさく映った。




「君は、私と交際する前から彼と付き合っていたんですか」
 

一瞬、時が止まった。


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