婚カチュ。


「恋したいって、好きな相手と結婚したいって、熱弁してたくせに」
 

吐き捨てるような口調にあっけにとられる。広瀬さんは苦しげに眉根を寄せ、わたしをにらみつけた。


「俺の考えまで変えさえといて、あなた自身がなにやってんですか」
 

思いがけないことを言われ、わたしは広瀬さんを見つめた。
彼は苛立ったように頭を掻いている。そんな仕草を見るのもはじめてだった。

冷たくとざされていたはずのガラスの部屋に、奇妙な熱気がこもる。


「正直、俺は結婚に恋愛感情はいらないと思ってた。妥協とか諦めこそが必要だと思ってた。でもあなたは好きな人と結婚がしたいと言いました。その割には条件ありきでかなり面倒だったけど、でも、そういうのもいいのかもしれないって思ったんだ」
 

広瀬さんは席を立ってテーブルに手をついた。


「やっぱ結婚っていうのは、ちゃんと好きな人としたいと、俺も思ったんです」
 

25歳の青年の瞳は、黒く揺れている。


「俺が……そう思いはじめたのに、なんであなたが自分を曲げてんだよ」


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