婚カチュ。
 

広瀬さんに付き合ってもらい愛犬をサロンに送り届ける。
シャンプーとカットと爪切りと、フルコースのトリミングを受けて、母親が迎えに来るころには見違えるほど美しいゴールデンレトリバーになっているはずだ。


「すみません、ついてきてもらっちゃって」

「いえ、ちょっと興味ありましたから」

「興味?」

「小さいころ犬を飼いたかったんですよ俺」
 

広瀬さんの声がすこし寂しそうで、わたしは不思議に思った。


「飼わなかったんですか」

「ええ。家に余裕がなかったもんで」
 

さりげなく披露された過去話に「そうなんですか」としか答えられなかった。

いまの堂々とした風貌からは想像がつかないけれど、大変な幼少時代を過ごしてきたのかもしれない。
ひとは他人の知らないさまざまな歴史を抱えているものだ。
 

ふたりで来た道を戻り、車を止めてあるという駐車場に向かう。

今日はドライブデートなんだろうか。
信頼している男性とはいえ、長時間、密室にふたりきりとなるとさすがに緊張する。

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