婚カチュ。
シューズの裏に馴染む地面の感覚と、打ち返したときのラケットの重み、空気を切り裂いて跳んでいくボールの弾道。
すべてが懐かしく、からだが自然と反応する。
ボールを追っては相手のコートに打ち込むという、よくよく考えれば単純明快な動作の繰り返しなのに、それがとても難しかった。
手首の捻りや打つタイミング、小さな呼吸の違いでボールの軌道は大きくはずれてしまう。
描いていた理想のフォームに、衰えている現実の筋力では追いつかない。
それでも硬かったからだが少しずつほぐれはじめる。
ウォーミングアップもそろそろ終わりかなと思い、サーブを打とうとボールを高く上げた瞬間、
「ちょ、ストップ」
ネットの向こうから広瀬さんが声を上げた。
「どうかしました?」
浮かせたボールをそのまま地面に落とすと、彼は両手をひざについて前のめりになった。
「いや、ちょっと」
「どこか痛めました?」
驚いて駆け寄っていくと、広瀬さんは肩で息をしていた。