婚カチュ。
「え」と運転席を見るわたしに、彼は笑いかける。
「あんなに走ったのは久しぶりです。心臓が壊れるかと思いました」
「……運動不足は健康によくないですよ」
なにか寂しい気持ちになりながらおざなりに答えた途端、彼は噴きだした。
「本当に、その通りですね」
何がおかしいのか、広瀬さんはこぶしを口元に当ててくつくつ笑う。
「淡々としてますね。あー悔しいな。このデートで絶対に笑わしてやろうと思ったのに」
そうやっていると、年下の可愛い男性にしか見えない。鬼の要素はきれいに影をひそめて、わたしはなぜか逃げ出したい気持ちになった。
今日のデートでわたしはもう十分ドキドキさせられている。
「広瀬さんて、すごくモテそうですね」
思ったままを口にすると、彼はいたずら好きの少年のように顔をほころばせた。
「そうかもしれません。だから、僕を好きにさせる、ということなら簡単なんですけど。たとえば――」
不意に視界が翳った。