婚カチュ。
大きなからだが運転席からこちらにかぶさってくる。
至近距離で広瀬さんの指先が、わたしの唇に触れた。
呼吸が止まる。
「こうやって、キスのひとつでもすれば、きっとあなたは僕に落ちる」
至近距離のささやきに、胸が震える。
端正な顔が下りてくる気配に、からだが固まる。
「広、瀬さ」
「――なんて、冗談です」
くすぐるように笑って、わたしを圧迫していた胸が離れていく。
心臓の鼓動が耳の奥でこだましていた。
「すみません。やっぱり少し悔しかったので、ちょっとした意地悪です」
運転席に戻った彼は無邪気に笑っている。わたしはシートベルトをはずした。
「最悪な冗談ですね」
「まあ、そんなに怒らないでください」
降りようとするわたしを引き止めて、広瀬さんはポケットからゼリー飲料を取り出した。
「本当のデートならこのあと食事にでも行くんでしょうが」
運動直後にはこういった消化のいいものがいいそうですよ、と言って、りんご味と書かれているそれをわたしに差し出す。