婚カチュ。


確かに今日はグロスを塗っているけれど、目立たないヌーディーカラーだから誰にも気付かれなかった。今日、一日中、誰にも。


「よくわかったね」
 

やっぱりできる営業マンの注意力は違うな、と感心していると、


「結婚相手、見つかったんですか」
 

松坂がつぶやいた。


「まだよ。今日もお見合いしに行かなきゃなの」
 

パソコンの『電源を切る』ボタンをクリックしてからわたしは「あっ」と声をあげた。
唯一の光源を落としてしまったらフロアが真っ暗になってしまう。


「しまった、電気」 
 

立ち上がってドアに走り寄ろうとした瞬間、後ろから腕を取られた。


「え」
 

モニターに淡く照らされた松坂の顔が、一瞬だけ目に映る。

そしてあたりは闇に覆われた。


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