婚カチュ。
「広瀬智也です。よろしくおねがいします」
冷めた物言いから一転、穏やかな彼の口調にあわてて口を開いた。
「あ、二ノ宮紫衣(しい)です。よろしくお願いします」
小さく会釈をすると室内にふたたび沈黙が降りる。
部屋の中には丸テーブルと椅子が二脚あるだけだ。狭いけれど壁がガラス張りのせいか明るく開放的だった。
テーブルの向こうのアドバイザーが、微笑みながら何か話せと無言の圧力をかけてくる。
急に言われたって、いったい何を話せばいいのかわからない。
わたしの気持ちを読んだように、広瀬さんがやさしく言った。
「話の取っ掛かりなんてなんでもいいんですよ。二ノ宮さんの趣味とか、好きなものとか」
厚めの唇が緩やかな弧をえがく。右頬にぽつんと浮かんだほくろが妙になまめかしかった。
やっぱり、広瀬さんの顔面は素敵だ。
「好きです。わたし、広瀬さんの、顔は」
真剣な表情のわたしを笑顔で見つめ、広瀬さんは右のこぶしを握りしめた。
「殴りますよ?」
「ひぅ」
そのとき背後のドアがノックされた。