ある日のできごと
普段はメールなんてしてこないような知人から、短い文章が届いていた。
『今日の講義、中止だってさ』
机の下でこっそりとメールを開いていた私は、慌ててあたりを見渡した。
私の机の上には英語のテキストが乗っていたものの、周りの生徒達は皆、数学の教材を広げていた。
急いで飛び込んだせいで、日程変更のお知らせを見ていなかったのだ。
物音を立てずに私は教材を鞄へとしまい込むと、前方の扉から外へと出た。
ロビーから屋外へ出る際に、「あぁ、アメノさん!」と、チューターの方に声を掛けられた。
「先ほどからアメノさんに電話が沢山掛かって来てるのよ。
お母様とかお父様とか、あと…ご友人の方達とか」
その言葉に私は眉をひそめる。
父も母も友人も、私には無関心だ。
予備校にまでわざわざ電話を掛けて来るだなんて、誰か親戚でも亡くなったのだろうか。
「用件は?」
私が訊ねると、チューターさんはドアの向こうを指さした。
「駅裏で通り魔があって、今大騒動になっているの。
アメノさんに連絡が取れないって、同じ学校の子たちが騒いでいたから、私たちも心配してたところよ」
通り魔、という現実味のない言葉に、私は「はぁ」と間抜けな相槌しか打てなかった。
「まだ捕まってないそうだから、気をつけて帰りなさいね。
もし何だったら、ご家族に迎えに来てもらうとか…」
親切にそう言って貰えたものの、夕方に見たいテレビ番組があったので、私はそのまま帰ることにした。