ある日のできごと
翌日の午後5時。
予備校をサボって駅の表へと出ると、日に焼けた金髪の男性がガードレールにもたれて立っていた。
此方から話しかけることなど何一つない。
私は素知らぬ顔をして、彼の前を通り過ぎる。
その一瞬間に、彼と私の目はピッタリと合ってしまった。
「無事だったんだね」
その声に、思わず足を止めた。
男性はキャップを目深に被ると、顔に影を落とした。
時計をしていない左腕には、5時20分という文字が達筆に書かれていた。
「良かった」
かすれた声で、ソッと呟くと、彼は私の横を通り抜け、人混みの中へと消えて行ってしまった。
それと入れ替わるようにして、目の前にあった交番からお巡りさんが出て来た。
「すみません」と声を掛けられ、私はすぐに姿勢を伸ばす。
「○○塾の学生さんですよね?
昨日の今頃、駅裏でちょっとした騒ぎがあったんですが、何かご存じありませんか?」
お巡りさんと目を合わせ、私は小さく首をかしげた。
「何も、知らないんです…」
本当のことを口にしてから、自分でも不思議に思った。
事件の犯人のことも、被害者のことも、概要さえも、私は誰にも教えて貰えなかった。
ただ知っているのは、あの日、私が交番の前に立っていたということ。
その時間が、5時20分だったということ。

