いとしいこどもたちに祝福を【後編】
娘は、何の疑問も感じずに親に甘えられる程幼くもなく、かと言って自力で打開策を見出だせる程器用でもない。

それでも懸命に仄に気を遣おうとする娘が不憫でならなかった。

そのとき、ふと仄が思い出したのは――

『仄さん、炎夏に越して来ませんか?』

電話口でそう提案してくれた、夫の医学者時代の後輩からの言葉だった。

夫を熱烈に慕っていた彼は、夫が医局を去った後も度々秋雨まで遊びに来ており、娘と息子の出産祝いにも訪れてくれた。

彼が炎夏で町医者を開業してからは、多忙らしく秋雨を訪れることは少なくなったが、交流は以降も続いている。

そして今回、夫と息子のことを知らせると彼は病弱な娘を案じて、度々連絡をくれるようになっていた。

『こっちなら滅多に雨も降りませんし…もし娘さんが体調を崩したとしても、すぐ僕が診てあげられますから』

『炎夏に、ねえ』

『先輩が黎明を離れて独立したのは娘さんのためでしょう?だから…僕が先輩の代わりに引き受けたいんです』

煩忙を極める医療機関の組織に属したままでは、娘が体調を崩した際すぐに対処できない――確かにそれが夫の退職理由であった。

代わりに夫が始めた町医者家業は生来のお人好し過ぎる性格のせいで、あまり裕福とは言えない生活だったが、仄は家族四人が揃って暮らせるだけで幸せだった。

けれども、此処にはもう娘と自分しかいない――

『…一応、考えとく』

環境を変えることは娘にとって良いことか悪いことなのか、仄には判らなかった。

だがこの場所には、否が応にも夫と息子との生活を思い出させる要素が多い。
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