極上の他人


真奈香ちゃんは輝さんに声をかけられて、最初は驚きで言葉を失っていたけれど、次第にその表情は柔らかいものに変わっていった。

そして、嬉しそうに笑い、輝さんに話しかけている。

ふたりで何かを話しているけれど、大通りの向こう側の声が私に届くわけもなく、私は目の前を通り過ぎる何台もの車に邪魔をされながら、その様子をじっと見ていた。

真奈香ちゃんは、一緒にいた友達に何かを告げると小さく手を振った。

すると友達も手を振りかえして、一人で駅へと向かう。

「真奈香ちゃん、輝さんと一緒に……」

私の予想通り、輝さんと真奈香ちゃんは、楽しげに言葉を交わした後で車に乗り込むと、どこかへ走り去った。

次第に遠くなる車をぼんやりと見つめていると、幼い頃、泣きじゃくる私を見捨てて背を向けた母の姿が浮かんできた。

耳から血を流し、必死で呼び戻そうとする私を置き去りにした母。

その時、一度も私を振り返ることがなかった母が着ていたカーディガンも、オレンジ色だったと思い出し、苦笑する。

輝さんが私に用意してくれたヘッドレストのカバーと同じオレンジ色。

今、そのオレンジ色の助手席に座っているのは、私ではなく、真奈香ちゃんだ。

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