三十路で初恋、仕切り直します。

朝に職場で会ったとき、泰菜の目の下に意味ありげな色濃い隈が出来ていた所為か、それとも隠しているつもりでも頭にお花が咲いたよな充実感がダダ漏れになっていた所為か、津田はひと目泰菜を見ただけで昨晩泰菜と法資との間に何があったのか悟ったようだった。

その場でこっそり「長い道のりだったね、おめでとう」と祝福までしてきた。




「桃木はしばらく休みだって言ってたから、今日もまだたーちゃんのとこいるんでしょ?」
「……うん」

「お。いいね、今日もお泊りですか。今頃好きな娘のお家で、あいつ何してるのかね」


法資は今朝、昨晩泊まるはずだった旅館に置きっ放しにしてきたイルメラを取りに行くと言っていた。泰菜の家から向かうには交通の便が悪い富士山麓にある温泉宿だと言っていたから、大分面倒な道行になると思われる。たぶん今日は車を取りに行くだけで一日が潰れてしまうだろう。


「……今日は車取りに行ってるよ」


かいつまんで経緯を説明すると、津田は「ああ」と相槌を打つ。


「あいつ昨日、俺が電話したときはすでに出来上がってたみたいだし。あれじゃ運転なんて出来なかっただろうね」
「……そんなに酔ってたの?」

「うん。なんかさ、ひとりで自棄酒してたみたい」


泰菜の顔を見て、津田は愉快げに笑う。


「自棄酒の理由知ってる?たーちゃんさ、何日か前に一度桃木からのプロポーズ断ったんでしょ?」


桃木はたーちゃんに振られたのが相当堪えてたみたいだよ、と冷やかすように言ってくる。


「そんな傷心のときだったから、俺の吐いた下手な嘘も鵜呑みにしちゃったんだろね。ちょっと考えればあまりにも唐突な話だし、たーちゃんが俺とよりを戻したがるわけもないって気付くだろうにさ。酔っ払ってたとはいえいつもの桃木らしくなかったよな。まあ、いつも冷静ぶったあいつがタクシー捕まえて大慌てでたーちゃんの家まで突っ込んできたところはかなり面白かったけど」


津田は紙袋の取っ手を右に左に捩りながら「きっと今日電話したらめっちゃ上機嫌なんだろうね」とあてこするように泰菜に言う。


「……やめてよ。そんなからかわないで」
「いやいや、なんかたーちゃんたち、いいなぁって思ってさ。あれで桃木は結構情に厚いとこあるからさ、きっといい旦那さんになると思うよ」

「なんで急にそういう話になるのよ。それを言うなら津田くんだって素敵な旦那さまじゃない。……津田くんの奥さんも、本当は津田くんのことすごく大切にしてるんじゃないの?」


あえてさらりとその話題に触れてみた。





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