ラッキーセブン部
第二二話 差し伸ばされた手
『…それじゃあ、荻野は私の事をずっとなんだと思ってたの?あんたは最初から最後まで失礼にもほどがあるでしょ!バカっ!』

笹井先輩はそう言い残して部室を出て行ってしまった。
突然のことで俺も含めて全員が呆然としていた。

「…正弥。俺には分からないよ。今更、笹井先輩の事を部員じゃないだなんて言うなんて…」
「正弥先輩って、本当、無神経だよな。ま、敵が減ってくれた事は嬉しいけど」
「……」

隼一の嫌味な言葉に、いつもなら何かを言い返していた正弥先輩だったけれど、今はただ黙って窓の外を見つめていた。

「ねぇ。あのまんまでいいの?追いかけた方がいいと思うんだけど」
「雲行きが怪しいし雨が降ってくるよ。これ、彼女の荷物でしょ?渡しに行きなよ」

双子の先輩達はそんな俺達を見て心配そうに言った。

「俺は…行けないな。俺が行ったところで先輩は気分を害するだけだし。だから栄が行ってきてくれないか?」

正弥先輩はまだ窓の外を見ながら首を横に振って呟いた。

「…俺も行かない。こんな時にどういう言葉をかけたら良いのか分からないし。それと正弥と話し合いたいし」

栄先輩も首を横に振った。やっぱり、栄先輩も気になるんだな。

「…俺が追いかける」

すると、隼一がすかさず名乗り出た。積極性がある人って良いよな…。俺だってきちんとそう言いたいな。

バタン

俺が隼一の事を尊敬(?)の眼差しで見ていると吉田先生が段ボール箱を抱えて入ってきた。

「い、行くなら…倉石の方が良いんじゃないか?」
「先生。どうしたんですか?ズタボロですよ?」
「ちょっと…な。こけた拍子に腰を強打してしまって…。俺、もう歳かな?」

栄先輩が驚いた顔をしながら問いかけると吉田先生は苦笑いをしながら答えて机の上に段ボール箱をドンと置いた。

「おい、先公。佳介の方が良いってどういう事だよ」
「どういうって…。倉石の方が優しく思いやりがあって、それに足が早いから往復するのも何てことはないと思ったんだが…。それともお前に思いやりの心があるのか?」
「先公のくせに…失礼な事を言いやがって。というか、佳介は行きたいのかよ」

二人の視線が俺に向けられた。俺だって追いかけたい。

「うん…。出来れば」

俺が呟く声で返事をすると隼一はため息をつきながら拳を握りしめた。
ま、まさか、殴られる?

「じゃあ、ジャンケンで決めよう。…って何だよ。その顔」

俺が隼一に怯えていると隼一はそう言った。あまりにも普通だったので俺は目を丸くした。

「え…一緒に行けばいいじゃん。一人で行くことないよ〜」

栄先輩は、少し不安そうな声でそう言った。
俺も栄先輩の意見に同意したい。別に一人で追いかけなくても良いと思う。

「あぁ?俺は一人で行きたいんだよ」
「ご、ごめん。怖いから睨まないで!」

隼一の気持ちも分からなくはないんだけど…。でも、俺、ジャンケンは…。

「行くぞ?じゃんけんぽんっ!よっしゃ!俺の勝ち!」

凄く弱いんだよ…。昔から俺はじゃんけんに弱くて勝てたためしが全くない。こんな才能いらないよ…。
吉田先生は隼一が勝ったことを確認すると大きく頷いた。

「…隼一が勝ったか。じゃあ、会議室から残りの物を取りにいくのを手伝ってくれ。力は隼一もあるから問題はないだろう」
「えっ!?は?何の話?」
「何って、パシリの話だろうが、ほら、行くぞ」
「何でだ〜!!」

吉田先生は隼一をむりやり廊下へと連れ出していった。叫び声が廊下に響いている。なんか…負けたはずなのに申し訳ない気分になる。

「…まさかの負けるが勝ちだったね」

栄先輩は苦笑いをしながら隼一の消えていった廊下を見つめた。

「…本当に俺が、行っていいんでしょうか?」
「行きたいっていう人がこの場には佳介しかいないんだから良いと思う。行ってこい」

正弥先輩は机の上に乗っていた笹井先輩のカバンを俺に渡してそう言った。

「頑張ってね、佳介。往復大変だろうからそのまま帰ってもいいよ」
「は、はい!」

俺は栄先輩の笑顔に見送られながら自分のリュックも持って部室をあとにした。
笹井先輩がそんなに早く遠くに行くとは思えないけど歩いていたら追いつかないかもしれない。一応、最寄り駅まで全速力で走ってみようかな。



いつもなら駅まで歩いて十五分ちょっとかかる道のりを俺は四分弱で走った。だけど、途中で雨がポツポツ降り始め、傘を持っていない俺は笹井先輩の荷物だけは濡れないように必死で抱えて走った。
駅周辺はいつも通り、人がちらほらといた。その中で、ただ一人雨宿りをしながら空を見上げている笹井先輩を見つける事が出来た。
良かった…。すぐに見つかって。
俺は先輩の肩をポンポンと叩くつもりだったが、ここまで走ってきて疲れたせいか、肩を掴んでしまった。

「だ、誰!?」

笹井先輩は予想以上に大きな声をあげて驚いた。

「ご、ごめんなさい。…俺です」

俺が息をつきながらも何とかそう声を出すと笹井先輩はゆっくりと振り返って俺の顔を見た。

「倉石君!」

先輩はまた驚いた声でそう言った。でも今度の声はさっきとは違った。ホッとしたようなそんな感じの声だった。

「えっと…荷物どうぞ」
「…ありがとう。わざわざ追いかけてくれたんだね」

先輩は目をゴシゴシとするとニコッと俺に笑いかけながら荷物を受け取った。
…笹井先輩、泣いてた…?気のせいではないと思う。笹井先輩の目は少し赤みを帯びていた。
本当に俺なんかが追いかけて来て良かったのだろうか。

「一緒に…帰っても良いですか?」
「…うん」

でも…俺には俺の出来る事があるはず。ここは笹井先輩と一緒に帰る事が重要だよね。

ー電車の中ー

お互いに何も話す事がなく、隣同士座っているだけの時間が過ぎていた。
何かを言わないと…。だけど、何も思い浮かばない。

「ねぇ、倉石君」

すると、笹井先輩がふいに俺の方を向いて俺の名を呼んだ。

「は、はい!」
「…私は…私はラッキーセブン部の部員だったのかな…?」
「先輩は…部員に決まってますよ」

正弥先輩が笹井先輩のことを部員じゃないって言ったのは俺も正直、驚いた。今まで、正弥先輩も含めて全員が笹井先輩のことを部員と思っていたはずなのだから。正弥先輩のことだから、それなりに理由があるんだとは思うけど俺にはまだ理解が出来てない。
先輩はどうして…あんなことを…。

「…確かに私は強引に入っただけだからね。私が勝手に勘違いしてただけなのよ。あそこの部員だって…。それに、私は今年で卒業するし、そろそろ受験モードに入らないと」
「…卒業」

笹井先輩…そういえば、今年で卒業するのか…。ずっと、一緒にあの部で活動できるものと思ってたけど、また、先へ行ってしまうんだな。俺が…先輩に追いつくことは絶対にない。二年って年の差は結構、大きいって強く感じる。俺がもっと早く生まれていれば…。
…って…俺、彼女いるのに何考えてんだよ。結局、俺は…自分のことしか考えられないんだ。

ゴトンゴトン

電車がトンネルに入り、車内の蛍光灯の光がぼんやりとした感じに見える。その光をボーッと見つめていると昔の思い出が俺の頭の中に浮かんできた。

…俺と先輩が出会った頃の思い出が…。

……

小学一年で入学したての頃、三年生の笹井先輩は俺達の世話役だった。
昼休み、俺以外の子は皆、楽しそうに先輩達と鬼ごっこをして遊んでいた。俺はその輪にどうしても入れなくて一人、校庭の隅で鉄棒やら一輪車で遊んでいた。別に人見知りとかではなかったけど、じゃんけんが関わってくる遊びにはつい拒否反応が出てしまうからだ。

「ねぇ…君。鉄棒うまいね」

俺が逆上がりを一回するといつの間にか知らないお姉さんが俺の側にいた。

「…うん」

俺は警戒しながらも静かに返事した。こんな俺に、何か用でもあるのだろうか。…こんな可愛いお姉さんが俺なんかに。

「私、七恵っていうの。君の名前は?」

俺が押し黙っていると、お姉さんは俺の顔を覗き込んで問いかけてきた。

「…ぼ、僕は倉石佳介」

顔が近いっ!
俺はとっさに目を逸らして自分の名前を言った。

「佳介君か〜。どうして、皆と遊ばないの?」
「…僕、じゃんけん弱くて…いつも鬼になるから…」
「そっか…。でも、佳介君。負けるが勝ちってこともあるよ。きっと」
「まけるがかち…?」

小学一年生の俺にはまだ分からない言葉…。
俺が首を傾げると、七恵お姉さんは焦った顔をしながら俺に説明をした。

「…ちょっとの間だけ相手に勝ちをあげて最後は自分が勝つことだよ。ほら、佳介君。運動神経良いんだし、すぐに鬼交代出来るよ」

七恵お姉さんはそう言うと俺にニコッと笑い、手を差し伸べた。

「…七恵お姉さん」
「ん?」
「…僕、まけるがかち頑張る」

俺は七恵お姉さんの手を取ってみんなの輪の中に入っていった。
一人っ子の俺には七恵お姉さんが本当のお姉さんのような感じがしてとても嬉しかった。

…でも、それ以来、中学校に入るまで接点が全く無かった。学年ごとクラスが多いせいもあって、学校ですれ違うことなど奇跡に近かった。そのせいで、俺の心から七恵お姉さんは消えかけていっていた。
だけど、中学生になって委員会に入ったら、そこに七恵お姉さんがいた。俺はその姿を見た瞬間、昔の記憶が昨日のことかのように蘇った。

「前期委員長の笹井七恵です。今期の委員長と副委員長を決めたいのですが、誰かやりたい人いますか?」

七恵お姉さんはそう言いながら、俺達を見回した。
すると、俺の横に座っている二年生であろう人が手を挙げた。

「はい!俺、委員長やりますっ!」
「えっと…君。名前は?」
「上條渉です」
「じゃあ、上條君。今期委員長よろしくね。何か分からないことがあれば、言って」

そう言って、ニコッと笑う。

「副委員長やりたい人はいますか?」

再び、俺達に向き直って質問をした。
…ここで手を挙げて俺が副委員長になれば…七恵お姉さんとの接点が増えるかな。そう思ったら、俺はいつの間にか手を挙げていた。

「君は1年だよね?名前は?」
「…倉石佳介です」

お姉さんは…俺の事、覚えてないんだ。俺は、自分の名前を言いながらそう思った。覚えてるはずもないのは分かってるけど、少し寂しい感じがした。

「…七恵お姉さん…」
「ん?何か言った?倉石君?」
「いえ…よろしくお願いします。笹井先輩」
「こちらこそ、よろしくね」

笹井先輩はさっきと同じようにニコッと笑った。
その後、笹井先輩が何を話していたか、覚えてない。
これから一緒に活動できるという期待と俺のことを覚えてないという不安が入り混じったせいだろう。

………

ゴトンゴトン

電車がトンネルから出て日差しが差し込んできた。
あぁ…雨が止んだのか…。
気づいたら先輩が心配そうに俺の顔を覗いていた。

「大丈夫?ボーとしてるけど」

相変わらず、少し顔が近いです…。

「あ、いえ。大丈夫です。外、晴れましたね」
「そうね。私も倉石君と話してたら心が晴れた。本当にありがとう」
「じゃあ、先輩。部活戻ってきてくれますか?」
「荻野の本心が聞けたら…かな。あいつが何の理由もなくあんな事言わないと思うし」

笹井先輩はため息交じりにそう言った。
…先輩もそう思うんですね。
でも、俺は例え正弥先輩に理由があったとしても許したくはない。

「…俺は笹井先輩を泣かすようなことしない」
「…倉石君?」
「あ…。ご、ごめんなさい。何でもないです…」

俺は慌てて誤魔化すと車掌さんのなんとも言えない声が車内に響いた。

『終点〜終点〜⚫︎⚫︎駅。お忘れ物なさいませんように…』

「あっ!早く降りなきゃ!倉石君。ほら行こう!」

それを聞いた笹井先輩は慌てて立ち上がり、俺に手を差し伸ばしてニコリと笑った。

「笹井先輩」
「ん?」
「終点だから急がなくて大丈夫ですよ」

俺はそう言いながら笹井先輩の手を取り電車を降りた。
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