ラッキーセブン部
第二八話 雑談
夜、九時丁度。
玄関の扉が開く音がした。
廊下の床の軋む音が段々と近づいてきて…その人はリビングのドアを開けた。

「たっだいま!ななちゃん!」
「…おかえり。英兄」

私の頭を撫でようとするその手を払い、私はテレビを点けた。別に観たい番組があるから点けたわけではないけれど、兄と話をしなくてすむ策だと思ってる。大抵、私がテレビを観てる時に兄から話しかけてくることは……。

「ねぇ、ななちゃん。あの学校、不思議だよな」

ないはずだったんだけど…今日は話しかけてきた。私のイラつきのバロメーターが10、密かに上がった。

「…不思議って?」
「偉い人が二人もいる」
「校長先生と理事長のこと?」
「そう」
「……理事長、自由な人だから」
「ななちゃん。それどういう意味?」

どういう意味と言われても私も詳しくは知らないし…。噂で聞いたところによると理事長が自由人で学校のことをたまに放ったらかしにするからそのフォローのために校長先生がいるらしい。単なる噂だから本当か分からないけど、理事長の息子である坊ちゃんがあんなだと信じられるよね。

「あと…生徒会のはずなのに先生が管理してることとか」
「あ…昔までは先生の管理じゃなくて生徒だけでやってたらしいよ」
「ふーん」

昔って言っても私が一年の時だけど。

「それより、英兄。私の部活には行ったの?」
「もちろん。ななちゃんの部活、面白かったよ」
「英兄、ポーカーやったの?」
「ポーカー?やってないよ。俺、トランプゲーム好きじゃないし。あんな運任せのゲーム面白くないだろ」
「…っ。そ、そんな事ない。努力で勝てない相手に運で勝てるかもしれないじゃない」
「その相手って、誰?」
「…誰って」

努力で勝てない相手。自分でそう思ってるだけかもしれないけど、現状そんな感じな人。スポーツ万能な倉石くんと勉学の天才、荻野。二人とも…本当すごいと思う。

「まぁ、たまにはそういうゲームもいいかもな。ななちゃんが勝負してくれるなら」
「私は弱いからダメ。勝負するなら坊ちゃんがいいよ」

私が『坊ちゃん』という単語を口に出すと、英兄は眉をひそめた。そして、少しの間の後、納得したように呟いた。

「…あぁ。荻ちゃんの隣にいた男か」

…通じた。さすが、英兄。

「あんな奴が強いのか?」
「強いってもんじゃない。勝てないの」
「俺が勝てる確率は?」
「……10%」
「低いな〜」

そう言っている割にはとても嬉しそう。英兄って、最初は負けてばっかりだけど最後に大逆転する…っていうのが昔から好きだからね。

「…ポーカーってコツさえ掴めば勝てるよな」
「知らない。それに坊ちゃん以外に強い人いると思うよ」
「えー…二週間じゃ足りないな。ななちゃん家で暮らせてあの学校に通えたら一石二鳥なのに」
「…」
「あれ?スルー?」
「英兄。汗をかいたでしょ。お風呂入ってきて」
「お、おぅ」

英兄は不審そうに私の事を見てからリビングを出て行った。
私はため息を吐きながらテレビを消してソファーにもたれかかった。
英兄と話すだけでなぜこんなにも体力を使うんだろう。…ってこんなことしてる場合じゃない。勉強しないと…。ソファの横に置いておいた鞄から参考書やノート、ペンケースを机の上に急いで出して広げる。
勉強し始めてから10分経った時、携帯からメール着信のバイブ音が鳴った。……手に取って見る…それとも放っておく?私は少し迷ったけれど、携帯を手に取った。英兄のいないうちに見ておいた方がいいよね。

『ー倉石佳介ー』

あ…。倉石君からだ。

『今日の部活は英知さんが来て正弥先輩を試していたのですが…あれはどういうことなのでしょうか。先輩、何か知ってたら教えてください』

…メールの内容がよく分からない。
英兄が荻野を試したってどういうこと?こっちが聞きたいんだけど。

『P.S.勉強、大変だと思いますが身体に気をつけてください。応援してます』

最後の一行、倉石くんらしい。
…倉石くんから応援メールもらったし、頑張らないと。

「誰からメールだ?」
「…っ!」

振り返るとお風呂上がりでシャツと短パンを着た英兄が髪を拭きながら私の携帯を覗き込もうとしていた。
私はゆっくりと携帯の電源を切り、机の上に置いた。
その様子を見ていた英兄はわざとらしくのけぞって

「ま、まさか…。男か」

と言った。イラつき度がまた上がった。いつの間にリビングに入ってきたのだろう。

「倉石くんだよ」
「佳ちゃんから?……あいつだけは信用できると思っていたのにな」
「訳の分からないこと言わないで。それより荻野を試したってどういうこと?」
「あぁ〜…」

私がそう問うと英兄は目を逸らし、キッチンの方へ歩いて行った。

「ちょっと無視しないでよ」
「スルー返しだよ。ななちゃん、何か飲む?」
「…サイダー」

英兄は冷蔵庫からサイダーの入ったペットボトルを取り出し、二つのコップに注ぎ入れた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

渡されたコップを少し見つめてから一口口の中に含んだ。
口の中で炭酸が弾けて、眠気が吹っ飛んだ。

「たまに気が利くよね。英兄」
「たまに、は余計だろ」
「それより、教えてよ」
「この前…荻ちゃんがななちゃんの手を握ってたからに決まってるだろ」
「英兄。変な勘違いしないでよ。荻野は私を引き止めるために…」
「引き止めるためでもダメだ」

英兄は私の横に一人分空けて座った。

「どうしてそんな事を、英兄が気にするの?」
「ななちゃんは大切な妹だからな」
「大切って…」

…よくあるシスコン兄の定番みたいな言葉を言ってる。
前(私が小・中学生の頃)までは、こんなに私にベタベタな兄じゃなかった。でも、兄が大学に入って一人暮らしをし始めて、しばらくした時、急に今みたいになった…。英兄は一体、大学で何があったんだろう。

「もしかして…ななちゃん、彼氏とかいるのか?」
「いないよ。英兄こそ出来たの?」
「女は……恐いな」

そう言いながら、遠くを見るような目になる英兄。
それはつまり…いないってことだよね。今、私は兄について分からない事が沢山で怖いよ。

トントン

その時、微かにリビングのドアをノックする音が聞こえた。

「餌の時間か」
「英兄はそこでじっとしてれば大丈夫だよ」
「いや…今日こそは俺も」

そう言って、英兄は立ち上がりリビングのドアを勢いよく開けた。

ニャー

そして、それと同時に一斉に入ってくるウメとタケとマツ。三匹ともとてもお腹を透かしているのか、英兄の周りをぐるぐる回って餌をねだっている。

「ヒィッ!」

悲鳴を上げる英兄。英兄は昔から猫が苦手でこの子達を飼い始めたのはそんな兄がこの家を出ていった後からだった。私は笑いを押し殺して英兄に話しかけた。

「やっぱ…無理じゃん。私が餌あげるからいいよ」
「だ、大丈夫だ。えっと…餌は…こ、これか」

英兄は震える手でキャットフードを器に入れて床に置いた。そのまま、一二歩ウメ達から距離を取る。ウメ達はそんな英兄に構わず、餌に食らいついた。

「な、やればできるだろ!」
「うん…そうだね」
「何で笑いを堪えてるんだ」
「ネコに怯えてるから」
「怯えてない」

英兄は咳払いすると姿勢を正した。

「ウメ達はいい子だよ。引っ掻いたりしない」
「皆、茶色でどれがウメか分からない」
「一番大きいのがマツ。その隣で餌を沢山食べてるのがタケ。一番小さいのがウメ」
「…うな重か」
「私が名付けたんじゃないからね」
「分かってる。ななちゃんならもっと可愛い名前を付けるよな」
「私はゼウス、ポセイドン、ハデスって付けたかっ…。どうしたの?英兄」
「三匹っていう数が悪いんだと俺は信じたい」

英兄は頭を抱えてそう言った。そんな素振りがちょっとムカつく。

フギャー

「…っや!やめてくれぇぇ」

私がイラつくと同時にウメ達が英兄に飛びかかった。それに抵抗すると無惨に床に倒れこんだ英兄。

「助けてほしい?」
「もちろん…」
「ふーん」

こう見てると…なんだか、猫と戯れてるようにも見えるんだけどね。

「ななちゃん。どうして…助けてくれないんだ」
「英兄がどこまで耐えられるか、試してみようと思って」
「もう無理だからぁ〜!」
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