ラッキーセブン部
第二九話 隼一とカード
英知さんが俺の学校に教育実習生として来てから、丁度、一週間が立った。…隼一が学校を休んでからも一週間が立っている。

「え。今日も来てないの?」
「夏風邪にしては長引いてるな」

いつものようにポーカーをやりながら、その事を放課後、部室で言うと栄先輩と正弥先輩は二人とも首を傾げていた。
ここで隼一の事とは関係ない話をするがさっきから三人でポーカーをやっているのに、俺は一向に勝てずにいる。もはや俺は空気同然ですね。それにしても、この三人でポーカーをするのは久しぶりのような気がしてくる。実際は、そんなに日数経ってないと思うけど。

「見舞いに行こうよ。正弥」
「一応、様子は見に行くか」

俺がそんな語りを心の中で必死にやっていると栄先輩がそう言った。そういうわけで、先輩達と共に隼一の見舞いに行くことになった。多分…先輩達二人は見舞いを目的としているわけではなく英知さんから逃げる為だと思う。それの証拠に荷物をまとめるのが早かった。

〜おんぼろのマンション(隼一の家)〜

ピンポーン…

正弥先輩はインターホンを押し、隼一が出るのを待った。しかし、反応がいつも通り、ない。

「おい、栄。あいつ一人暮らしだよな?風邪で寝込んでたら出れないだろ」
「…実は俺も今、気がついた」
「戻りますか。学校に」

そう言って振り向いた時、エレベーターが七階で止まり扉が開いた。

「…なっ…お前ら…」
「「あ…」」

なんだろう。このデジャヴ感。初めて隼一に会った時もこんなシチュエーションだった気が…。
しかし、隼一はエレベーターから降りずそのまま扉を閉めた。エレベーターは静かに一階へと下がっていく。…逃げた?

「…おい。今の隼一だよな?」
「元気そうだったね。やっぱり、仮病だったのかな」

それを見た二人の先輩はそんな会話をノロノロと繰り広げていた。

「あの…追いかけないんですか?」
「…間に合わないだろ」
「正弥の場合、単に走りたくないだけだよね」

またも二人はのんびりとそう言った。なぜ、学校を休んでいるのか。俺はそれを知りたいのに。

「…先輩達。俺、ちょっと追いかけてきます…」

俺はそれを言い終わるか終わらないかのうちにその場を離れた。普通の歩きから段々と早足になり、外階段で一階まで駆け下りた。隼一はまだ、そんなに遠くに行ってないはず。
一階に着くと、マンションの周りをウロウロしている一人の厳つい男が目に入った。あ…確かあの人は文化祭を荒らしに来た人だ。なんでこんな所に…。見るからに怪しい人だけど、あの人も隼一のお見舞いに来たのかもしれない。それに隼一がどこに行ったか知っているかもしれない。
声をかけようと思った時、何者かに襟を後ろから引っ張られた。一瞬、吐き気がした。何事かと思って後ろを急いで振り返ると、真剣な顔の隼一がそこにいた。隼一の視線は文化祭を荒らした人に向けられている。俺達は壁の陰に隠れているから全く気付かれていないみたいだ。

「何で上も下も敵がいんだよ…」
「敵ってあの厳つい人のこと?」
「見れば分かるだろ。…あ、出てきた」

確かにラスボスみたいな人だけど…さ。
正弥先輩と栄先輩はエレベーターで降りてきた。そして、栄先輩は厳つい人を指差して正弥先輩に何かを囁いている。

「よし…今だ。来い」
「…え!?」

隼一は俺が降りてきた外階段を上り始めた。俺も隼一について階段を駆け上る。こんな所で見失ったら追いかけた意味がない。…それにしても、隼一、階段を駆け上るのが速い。
隼一は六階で階段を上るのをやめ、廊下を進み突き当たりの部屋のインターホンを連打した。

「じゅ、隼一。この部屋は誰が住んでるの?」
「あぁ…佳介まだ会ったことないよな。ここは、俺の…」

ガチャ

「何よ…隼一」

隼一が言葉を全て言う前にジャージ姿の女性がドアを開けた。
…隼一のお姉さん?隼一のように鋭い目つきってわけではないけど、似てる。…そして、髪がすごく長い。腰のあたりまである気が…。

「…へ〜!あんたが友達連れてくるなんて…。それとも、あたしにイケメン紹介してくれるの?珍しく気が利…」
「姉さん。ちょっとベランダ使わせて」
「ベランダ?じゃあ、カード三枚」
「イケメン一人で勘弁して」

隼一はお姉さんの返事を待たずに靴を手に持ち部屋に入っていく。

「早く来いよ」
「お、お邪魔します…」

俺も隼一に促されて部屋に入った。隼一のお姉さんの部屋は隼一の部屋と同じように片付いていた。ただ、謎のファイルが陳列してある本棚があった。その一つのファイルの背表紙を読んでみた。

『弟から奪ったカード集』

……。
とてもシンプル且つ分かりやすいタイトルだ。というわけでついついその隣のファイルの背表紙も読んでしまう。

『弟に絶対あげたくないカード集』
『弟と同じカード集』

どれも隼一とカードばかりだ。

「女子の部屋をそんなジロジロ見ちゃダメだよ。イケメンくん」
「あ…ごめんなさい」
「女子じゃねぇだろ」
「そんなこと言っていいの?隼一」
「はいはい。すいません。…あ、佳介」

隼一はそう呟きながら窓を開け、靴を履きながらベランダに出た。そして、振り向いて言葉を続ける。

「お前、ハシゴ登れるか?」
「え?」
「上のハシゴ。結構、揺れるんだけど、お前の運動神経なら大丈夫だよな」
「上、って…」

俺もベランダに出て上を見上げた。2mくらいの頭上にそれはあった。

「あれって非常時にしか使えないんじゃないの?」
「俺のはいつでも使えるんだよ」
「へぇ…」

これ以上、質問を繰り返しても良い答えがもらえそうにないからやめておこう。
隼一がハシゴを下に引っ張るとガチャンガチャンと二回大きな音を立ててハシゴはベランダの地面についた。
本当にこんなの勝手に使っていいのだろうか…。

「じゃ、上に登っていいぜ」
「う、うん」

…まるで忍者屋敷みたいだ。
そう思いながら俺は上へと登った。その後から慣れた感じで隼一も登ってきた。まさか、いつもこんな事してるわけじゃないよね。…というか、ここって隼一の部屋のベランダだ。
隼一はハシゴをさっきたたんでいたように仕舞った。

「隼一。窓って開いてるの?」
「開いてるわけないだろ」

お前、バカか。と言わんばかりの顔で俺の方を向いた。

「開けてもらうんだよ」

この状況下で誰にこの窓が開けられるというのだろうか。隼一は一人暮らしで中から誰かが開けるなんて不可能だ。もしかして、中に誰かがいる…?

「だ、誰に?」

俺が恐る恐るそう問うと、隼一は答えるかわりに窓を強く、二回叩いた。

「な、何してんの?隼一」
「シッ…黙って見てろ」

隼一がそう言ってからしばらくすると白い塊が居間を突っ切って、窓の近くまで来た。白い塊は…隼一が飼っている猫、セブンだった。隼一はセブンが近寄ってきたのを確認するとベランダの隅にある丸い植木鉢の中から猫じゃらしを取り出した。なんで、そんなところに猫じゃらしが…というツッコミを入れたいけど黙って見てろと言われたから我慢しておこう。それにしても…隼一、すごく楽しそうにセブンと戯れ始めた。セブンと戯れてる時は全く不良には見えない。何が違うって笑顔。今までに見たことのないくらいの笑顔。

「隼一。別人みたい」
「はぁ?何、変なこと言ってんだよ」
「だって…猫と遊んでる…笑顔で」
「…あ、遊んでねぇよ。窓を開けるためにこうやってるだけだ」

俺達がそんな口論を繰り広げていると窓の鍵がカチャリと音を立てて開いた。

「ほら、開いた」
「え…見てなかった」
「だから、黙って見てろって、言っただろ」

隼一は猫じゃらしを植木鉢に放りながらそう言うと、窓をガラガラと開けた。セブンは遊び道具が目の前から消えてがっかりしたのか、部屋の奥へと消えていった。

「お前はやるなよ」
「ハシゴの時点でもう無理だよ」
「頑張れば、指先くらい届くだろ」

たまに隼一は俺のことをからかっている気がするのはなぜだろう。
そんなことよりも、隼一がこういう手段で家に入ったのは何か理由があるんだろうか。さっきも敵とか言ってたし。

「隼一、どうして普通に家に入らなかったの?」
「あいつらにまた会ったら嫌だから。それよりお前らなんで俺の家来たんだ?」
「何でって…一週間も休んでるから心配して見に来たんだよ」
「…どこの律儀な女子だよ。俺が休んでもお前らに関係ないだろ」
「でも…一応、部員だし。同じ一年なんだし」
「佳介は良いとしてもあいつらまで連れてくるなよな」

確かに…先輩まで引き連れてくるべきではなかったかな。隼一は正弥先輩と仲悪いから。…というか、俺はオッケーなんだ。

「…それで一週間学校休んだのは何で?元気そうだけど」
「金曜までは本当に風邪ひいてたんだけどな。今日はちょっと色々あって行かなかった」
「色々?」
「さっき、見ただろ。図体のでかい奴。あいつらの仲間に入れって土曜から勧誘されてて…。隣町の奴らを倒すために俺の力が必要なんだってさ」
「それじゃあ…まるで」

仲間というより道具みたいな言い方だ。

「道具だよな。本当、いい度胸してる奴らだよ」

苦笑いを浮かべる隼一はいつもの表情ともさっき猫と戯れている時の表情とも違う顔つきで俺の顔を見ていた。

「か、代わりに俺が仲間に…」
「バカか。運動神経だけいいイケメンに勝てるような奴らじゃねぇよ」
「えっと…褒めてる?」
「んなわけないだろ」

隼一は、いつもの表情に戻って俺を睨んだ。

ピンポーン

そうやって、隼一と立ち話をしていると玄関のチャイムがなった。しかし、隼一は玄関の方に行こうとしない。その変わり、鋭い目つきで奥の玄関の方を凝視した。

「さっきの人かな」
「…気になるなら見てこいよ」

そう言って、隼一は玄関の方へ顎をしゃくった。俺は見るくらいならと思い、玄関へ足を運んだ。覗き穴から外を見ると正弥先輩と栄先輩が二人並んで立っていた。…何で戻ってきたんだろう。

「どうした佳介。あいつだったのか?」

隼一は居間から顔を出して俺にそう尋ねた。

「正弥先輩と栄先輩だよ」
「はぁ?帰ったんじゃなかったのかよ」
「よく分からないけど、2人とも片手にコンビニの袋持ってるよ」

…さっきまで持ってなかったから俺達が忍者ごっこしてる時に買ってたのかな。

「まぁいい、ほっとけ」

ほっとけって言われても…。俺が気になるんだけど。
覗き穴を再び見ると栄先輩が袋から何かを出して振り始めた。カードのようなものみたいだけど。

「隼一。栄先輩がカードみたいなの振ってる」
「カ、カード?」

隼一はドタバタとこっちに来て覗き穴を見た。

「激レアカード…?!」

隼一はそう言うか言わないかのうちにドアを開けた。

「あ、やっと出た。居留守、使わ…」
「栄先輩!そのカードどうしたんですかっ!?」

いきなりの隼一の敬語にその場にいる全員が驚いた表情になった。

「そこのコンビニで適当に買ったやつだよ」
「適当…っ!嘘だろ?」

適当に買って、激レアカードが当たるなんて…。やっぱり、栄先輩はすごい強運の持ち主だ。こういう人が何も知らずに宝くじ買って当てたりするのかもしれない。

「そのカード、俺にくれませんか?」

またも、敬語を使う隼一。違和感たっぷりだ。

「別にいいんだけど…ただではあげないよ〜」
「じゃあ、どうすれば?」
「折角だし、女子会ならぬ男子会をしよう」
「は?」
「どうせ、暇でしょ」

栄先輩はそう言いながら、部屋へと入った。それに続いて正弥先輩も入ろうとすると…。

「正弥先輩は、何も持ってないからダメだ」
「栄」
「正弥!はい。カード」

栄先輩の投げたカードが宙を舞い、正弥先輩はそれをキャッチした。

「ほら、持ってるぞ。激レアカード」
「…お前ら、ズル過ぎ」

隼一は盛大にため息を吐くと正弥先輩も部屋に入れた。

この二人を部屋に入れたことによって隼一が疲れ果てることをこの時はまだ誰も知らない。(いや、知らなくても予想はできる)
< 35 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop