やくたたずの恋
 現在、雛子がいるのは、この沢田老人の邸宅だった。一代で巨万の富を築いた人物にふさわしい、巨大な家の巨大なリビングに通されたのが、40分ほど前。それからずっとソファに座り、無言のままでこの老人と向き合っている。
「あ、あの……」
 気まずさに耐えかねた雛子が声を上げれば、沢田はギロ、と睨む。それは「しゃべるな」という、無言の命令だ。白い髪と髭に囲まれた赤い顔が、それを後押しするように、圧迫感をバンバンと叩きつけてくる。
 ……どうしよう。もう帰りたいよ……。
 それは弱音というよりも、ギブアップに近かった。KO負け寸前のボクサーの絶望感。何もされていないし、してもいないのに、負けるのはおかしな話だけれど。
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