やくたたずの恋
26.恋、はじめました。(前編)
 夜の闇の中に、ぽつりと明かりが灯る。道路を丸く切り抜く、オレンジの輪の中で、志帆はまだ待っている。あの日のまま時は止まり、恭平が迎えに来るのを、ずっと待っているのだ。
「志帆の父親は有名な投資家で、うちの親父の顧客でもあった。そんな繋がりもあって、俺と志帆は中学の頃からの顔見知りだった」
 何ということはない、プロフィールのような言葉たち。なのに、その一つ一つに重さが加わり、恭平の足下に落ち、転がっていった。
「で、高校時代……だったかな? どっちが言い出した訳でもなく、志帆と俺は付き合い始めた。一緒にいるのが自然で、大学に入ってからもずっと付き合い続けていた。だから、いつかきっと、結婚するんだろうなって思ってた。漠然とだけどな」
 恭平は、フロントガラスの先をじっと見つめていた。視線の先には街頭が一つあるだけで、他には何もない。雛子もそこへと目を向けるが、何か特別なものが見える訳でもなかった。時折通行人が、街頭の明かりが落ちる中を通り過ぎていくだけだ。
 だが、恭平には何かが見えているのだろう。それはきっと、志帆が歩むこととなった、地獄に続く道だ。
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