やくたたずの恋
32.負けるが、恋。(前編)
「おい、ちょっと待て。一体何の話だ? 踊るとか条件だのって……」
 会話の意味が分からず、恭平は二人の顔を見る。お互いに笑みを浮かべる雛子と志帆。だが、雛子の純粋な笑顔に比べれば、志帆のものには禍々しい意図が含まれているように見えてしまう。
「あなたには関係のないことよ、恭平」
 志帆は恭平の顔を見ないまま、彼の名を口にする。そして雛子へとロックオンした視線をずらすことなく、話を続けた。
「私ね、敦也くんから聞いたの。敦也くんは、あなたを今度、オプション付きでレンタルしたいらしいじゃない?」
 なぜ、それを知っているのか。いや、なぜ、志帆が敦也の思惑に荷担しようとしているのか。
 恭平は驚きの気持ちを隠しつつ、雛子の背に回していた手に力を込める。彼女を、志帆の目論見の渦に巻き込みたくない。その一心で、雛子を自分の胸へと引き寄せた。
 その様子は、志帆が巻き起こす蜷局を、更に大きなものにしてしまう。かつての自分に似た、健気な女を抱く彼の腕。こちらに向けられる、彼の敵意の眼差し。それは全て、志帆の恐怖の材料でしかない。
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