やくたたずの恋
「あら、またお邪魔しちゃったかしら?」
 志帆の声がして、二人は瞬間的に唇を離す。空耳だと思いたかったものの、ドアの前には志帆が立っていた。
 彼女の周りには、やはり海が見える。だが、さっきまでの荒々しさはなく、今はさざ波の穏やかさを保っていた。髪を耳にかける仕草で、時折柔らかな風を生むだけだ。
 志帆は恭平には目を向けず、雛子を目指して足を進める。赤らむ彼女の顔を、微笑ましげに見つめながら。
「さっきはどうもね、雛子ちゃん。どうしてもあなたに伝えたいことがあって、ここまで来たの。さっきのあなたの提案を、お受けしようかと思って」
「え? じゃあ、星野さんと踊ってくださるんですか?」
「ええ。ただし、条件があるわ」
 恭平の胸に抱えられた、雛子の姿。それを瞳の奥に焼きつけるように、志帆はゆっくりと目を細めた。
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