やくたたずの恋
 他に誰がいるのか? そう問い掛けるべきなのだろうが、恭平にはできない。そんな彼の様子を察してか、志帆は問われてもいない質問の答えを、速やかに口にした。
「好きな男と結婚できないことの苦しみを、味わわせてあげたかったの、あのお嬢ちゃんに。だからきっと、あの子も私たちの仲間になるわ。私と同じ辛さを抱えて生きていくんだもの、あの子も」
 一瞬、煙草の赤い火が弾けたように感じる。不吉で、確信を秘めた予感。恭平はざわめく心を抑えながら、志帆の白い横顔を見た。
「もしかして……お前が仕組んだのか? あいつと山崎のジジイとの縁談を……」
「あら、言葉が悪いわよ。元々、山崎会長とあの子との縁談の話はあったんですって。それを耳に挟んだものだから、会いたくもない影山社長の所に行って、話をさっさと進めてもらうように頼んだだけのことよ」
 志帆は軽やかに、自分の策略を語る。その口調は、夕食のレシピを説明すると変わらない。罪悪感などない、システマチックな言葉の羅列だ。
 その一語一語をタイピングされ、恭平の顔が様々な絶望の絵の具で塗り固められていく。
 ジュリエットが死んだ、と聞かされた時、きっとロミオはこんな顔をしただろう。そして、志帆が星野と結婚すると決まった時も、彼はこの顔をしていた。
 久々に見る、この男の悲壮な表情。それを味わうようにして志帆は笑う。
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