やくたたずの恋
 何も言いたくない時、言うべき言葉が見つからない時には、恭平はいつもこうやって遠くを見る。それは距離としての遠さではない。時間だ。かつて美しい青年であった、あの頃に遡るべく、彼は長い時間の道のりを見ているのだ。
「味見なんて、冗談で言うことはあっても、本当にしたことなんかないでしょ? 何であの子にだけそんなことするのか、って訊いてんのよ! 嫌われることを、わざわざあの子にしてるようなモンじゃない!」
 悦子はスリッパの爪先で、テーブルの脚を蹴り上げる。ガラスの天板が鳴らす不穏な音にも反応を示さず、恭平は視線を遠くへと向けたままだった。
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