鬼燈
私は店を出た。
足元は覚束ないが、意識はハッキリとある。
記憶がなくなる前に店を出るのは随分と久しぶりのような気がする。


「この先のシャッター街の更に小路に」


老人の言葉を思い出しながら歩く。

――丑三つ時、橙色の灯が一つ見えたら。


そこは


あの世とこの世の境目へと繋がる。


思い出して鼻で笑う。

あんな薄汚いじいさんの言うことを誰が信じるというのか。
あのじいさんもじいさんだ。私をからかって馬鹿にしたいのなら、もっと現実的なことを言えばいいのに。

笑いながらも私は言われた通りの古い商店街へと足を向けていた。


私はあの老人を馬鹿にしている。
けれどそれ以上に小説を書くための、もしくは書くことを捨てるためのきっかけを、心底欲していたのだ。


深夜二時を回ったところ。まさに丑三つ時に件の商店街に着いた。

この時間だ、店のシャッターは全て閉まっている。
ただこの商店街の店の何割が、朝シャッターを開くかと言えば、おそらく一割二割と言ったところだろう。

ここは老人が言っていたように、シャッター街と呼ばれる程、潰れた店が未だにそのまま残された廃墟のような商店街だ。

私は商店街を一人でふらふらと歩く。
小路と呼ばれる場所は一箇所しかない。

店と店の間、更に小さな商店街を飲み屋や商店が作り出していた場所。
今は勿論、全て閉店している。


小路の前に立つ。
もう誰も来ることのないその通りは、常夜灯が点く理由もなくし、店の間、数メートルから先は本当の暗闇が広がっていた。
ただただ、夜の闇がそこにある。

それだけだった。


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