大嫌いな最愛の彼氏【短編】
不意に思い浮かぶ、彪河とのキス。

強引で、何処か恐怖を感じたけど、何故だか確実に、甘かった。

味とかの問題じゃない。心の…気持ちの問題だ。

奴に唇を奪われた瞬間、不覚にも、優越感を感じてしまった。

深く重ねられた唇。奥まで絡まる舌。もっと続けてほしいと思った。

この時だけでも、自分が彪河のモノになった気がして、微かな幸福を感じたんだ。


その瞬間から、何かが変わったんだと思う。

自分をもっと彪河で埋め尽くしてほしい。

そんな感情が、心の何処かで芽生えていたんだ……。



それは……好きって気持ち…?



アタシの奴に対する気持ち…?







「愛華…」


一階に下りて来た鎌樹が、愛華の名前を呼んだ。

愛華は声に気付き、鎌樹の方へ振り向いた。


「彪河は?」

「帰ってった……」


げんなりした表情の愛華。鎌樹は心配になり、愛華に話し掛ける。


「ちゃんと話し合えたのかよ」


ぶんぶんと首を左右に振る愛華。瞳には、うっすら涙が浮き出ている。

鎌樹は愛華に駆け寄り、しゃがみ込む愛華と目線を合わせるために、自分も愛華の前に座った。


「なぁ…何があったんだよ?」

「あいつが…彪河が…アタシを好きだって……」


愛華の顔覗き込んだ鎌樹。細い眉は垂れ下がり、大きな瞳は、真っ赤になっている。

かろうじて、メイクは崩れていなかったが、本当に『泣きました』という顔だ。


「それで?何でお前は泣いてんの?」

「彪河……スゲェ泣きそうな顔してた…アタシが…あいつを…あんな風にさせたんだよ…」


愛華の瞳は、悲しみと苦しみに染まり果てていた。



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