氷の魔女と人魚の宝珠
始まりは二ヶ月ほど前。

世界樹の枝の上に広がる鳥人族の村で、翼ある人々が空中で突然飛び方を忘れて地上に墜落するという事態が相次いだ。

その翌月。

今度は丘の上にある人間の町で、住人が一斉に崖から飛び降り、多数の死者と負傷者が出て…

生き残った人間達は、自分は鳥人族でいつも飛んでいると、何故か思い込んでしまったのだと証言した。

そして今、同様の異変が人魚の町を襲っている。

「町の人魚達は、あたしが見た限りでは全員が、自分を人間だって思い込んじゃってたわ。
みんな、しっぽがあるのに泳がないで、尾びれを海底に引きずって歩いてるの。
水中に居るってこともわかってないわね。
周りを魚が泳ぎ回ってるのに見えてない。
そうとう強い幻術よ。
しかも複雑なかけ方をしてる。
鏡に自分達の姿を映しても幻のまま見てるけど、鏡に映る魚の姿は魚として見えてるの。
術をわざと不安定にしているのよ。
だから…
術者の要求を飲まないと、町民に、人魚だってことを忘れたまんま水中に居るって思い出させて、人間として溺死させるっていうのは、ただの脅しじゃないと思うわ」

「おおっ! おのれ幻術師め!」

人魚の町長、ビレオは、紙の束を握りしめてうめいた。

数日前、漁獲量を巡る会議のために人間の港町を訪れていたビレオのもとに、突然届けられた脅迫状。

そこには先ほどスリサズが話したのとほぼ同じ内容が書かれ…

町の人魚達が人質であることを告げ…

とんでもない額の身代金を求める言葉で締めくくられていた。

「恐ろしい相手ね…」

鳥人族の村を襲ったのは単なる術の練習。

丘の上の町は、自分の力を見せつけるため。

それだけのために、幻術師はすでに多くの死者を出している。

「金が払えぬわけではないんじゃ。
我が家には、代々伝わる人魚族の宝珠がある」

「悪いヤツに従ったからって、みんなが助かるとは限らないわ。
用が済んだら口封じってパターンもあるし。
幻術師がどこに居るかわかれば、あたしの魔法で直接ぶちのめせるんだけれど」

「それではどうすれば…」

「もう一度、潜って様子を見てくるわ。
ビレオさん、ポンプをお願いね」

「すまんな。
わしが自ら行ければ良いのじゃが…」

町全体にかけられた術は、留守だったビレオにはかかっていない。

町の人魚達が人魚のままのビレオを見れば、術が中途半端に解けて、危険なことになるかもしれない。
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