氷の魔女と人魚の宝珠
スリサズは、偽ビレオの方に向き直った。

「ウーロが本物の町長を殺したせいで、金庫を開けられなくなったのね。
幻術では、人は騙せても物は壊せないから。
だから金庫を壊せるだけの力のある、適当な魔法使いを騙して連れてきて…
話に信憑性を持たせるために、ロッコなんてキャラクターを作った」

偽ビレオ…まだ名前を聞いてもいない幻術師の男は、氷の檻の中で歯をガチガチと鳴らしている。

「おおお、おのれ!
ままま、町の人魚どもがどうなっても良いのかっ!?」

スリサズはあきれたように肩をすくめた。

「後ろを見なさいよ」

偽ビレオが振り向くと、そこには…

フィーナ夫人が、人魚の警官隊を引き連れて、海面に顔を出していた。

「アンタが何で宝珠を狙ったのかも、こっちはもうわかってんのよ!
お金になるからなんかじゃなくって…
人魚族の宝珠には、幻術を破る力があるわけなのね」

町が幻術に陥れば、町長は金庫を開ける。

身代金を払うためではなく、宝珠で幻術を破るために。

そこをウーロが襲って宝珠を奪う計画だったが、しかし金庫を開ける前に町長に気づかれてしまった。

だから偽ビレオはスリサズに、金庫ごと宝珠を壊させようとしたのだ。

自分の術の弱点をこの世から葬り去って、その後その力を何に使うつもりだったのかは、訊いても答えはしないだろうが。

フィーナ夫人が静かに口を開く。

「金庫はスリサズさんが鍵だけを丁寧に壊して開けてくれました。
宝珠には傷一つついていません。
町の人魚はみんな無事ですよ。
わたくしの夫以外はみんな、ね…」

フィーナ夫人の声は、決して激高してはいなかった。

けれどその抑えた口調は、隠せぬ怒りをはらんでいた。

「スリサズさん、ありがとう。
この男は…
できればわたくしのこの手で殺してやりたい…」

「フィーナさん…」

「ですがわたくしの夫は町の長。
私刑など望みはしないでしょう」

「うん……」

「この男と、それにウーロは、われわれと同じ人魚として、われわれの法律できちんと裁判にかけます。
スリサズさんへの謝礼は後ほど人間の町へ届けに上がります。
では、わたくし達はこれで」

「…ん?」

フィーナ夫人は深々と頭を下げて、そのままポチャンと海中に消える。
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