もう一度あの庭で~中学生によるソフトテニスコーチング物語~
試合の始まる前、翔太は快太に2つだけ指示を出していた。
ダブルスにおいて即興で組んで試合に臨むことは無謀に等しい。
お互いのプレースタイルも、守備範囲も、ましてや連携プレーもままならぬままに同じコートに立つことはただお互いの陣地に死角を産み出しかねない。
「変則マッチだからなサーブは2本で交代、アドバンテージはなしでいこう」
「ああ、分かった」
享と翔太のやりとり。
快太はその意味が全く分からず目を丸くしていた。
「遠足?マッチは2本で交換?アドバ・・・え、なに?」
「快太くんはあのことだけ守ってコートに立ってくれたら良いから」
翔太の笑顔に押し切られて雰囲気だけで快太は頷いた。
「さ、集中してね。
享のサーブは中学3年の時ですら並の高校生より速かった」
快太は翔太に促されて構える。
そして一つ目の指示に従う。
「おいおい、あの馬鹿なにやってんだよ」
「あんなんでファーストサーブが取れるわけないだろ」
テニスの最初のストロークであるサービスは2度認められる。
つまりポイント毎に1度は打ち直しが効くのだ。
それだけに1球目は急速や回転重視の強烈なサービスを打つ。
守りであるレシーブ側は1急目はコートの後ろで構え、ミスの許されない急速や球威の落ちる2球目のサービスは少しネット寄りで迎えるのが定説である。
そんな中で快太はサービスエンドラインのギリギリまで前に出て構えていた。
「へえ・・・佐野君の指示なんだろうけど面白いこと考えるね」
部員たちが呆れたり困惑したりする中、幸助と享だけがその真意に気づいていた。
「どうやら舐めてるわけじゃなさそうだが、そんなチビに俺様の渾身のサーブが取れるわけねえだろうがよ!!」
享はふてぶてしい態度や言葉とはにつかわない綺麗なフォームでボールを投げ上げる。
高いトスとしなやかなフォームは時間の経過を遅く感じさせる。
やがてボールが頂点に達し、引力に従って降下し始める。
大きいフォームでむかえる享が自身の最高到達点でボールを捕らえた瞬間。
軟式特有の風船が割れるような打球音が響いたかと思うと、白球はコートの奥に転がっていた。
「早すぎだろ・・・」
弱小校ではまずお目にかかることすらない全国レベルのスピードに部員のほとんどが目で追うことすらできていなかった。
「惜しいね享。ボール半個分フォールトだ」
翔太はジャッジをしながら快太の表情を確認した。
そして微笑む。
その様子を見て幸助は一人つぶやく。
「本当、バカって羨ましいよ。
このレベルのコートにたったらまず普通のやつだったらビビって戦意喪失だろう。なのにアイツなんて顔でコートに立ってやがんだ」
享のファーストサーブ、フォールトとはいえ一歩たりとも動けなかった快太であったが笑っていた。
「すげえ・・・すげえよ!!」
快太は遥か格上の力の片鱗を見て感動を隠せなかった。
ただ純粋に楽しんでいた。