たったひとりの君にだけ

けれど、そのうちのひとつが。
今、目の前にあると強く確信しても。

簡単に納得してやれるほど、私は自分を大事にしていないわけではないのだ。



「……私の気持ちは完全無視なの?」



地を這うほどの低音の問い掛けに、彼は即座に口を尖らせた。


「無視してねえだろ。充分譲歩してる。クリスマスはなくていいって言ってんだから」

「どこが譲歩よ。意味わかんない。私の仕事はどうなるの」

「仕事、大変だって言ってただろ。辞めればいい」

「それは1年も前の話よ。今は違う、充実してるのよ」


勝手な持論に腹が立つ。

一体、いつの話をしてるのか。


確かに、人生いいことばかりじゃない。


目の前の困難から背を向けて、逃げ出したくなる経験は誰にだってある。

少なくとも私も1年前はそうであり、人知れず溜息ばかり吐いていた気がする。
まだまだトレーナーとして頼りなかった頃のことだ。

行き詰まって、ディナー中にちらっと愚痴を零したのを、樹は未だに覚えているということか。


けれど、それは明らかに過去の出来事。


今は違うのだ。
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