たったひとりの君にだけ
「……でも」
「ん?」
「高階君の行き着けは、美味しかったなぁ」
思わず話題を変えてボソッと呟いてしまうほど、あの一杯は私の中で軽く上位にランクインする。
忘れられない味、とでも言うべきか。
夢にまで出て来るとは言わずとも、今日の一杯を食べ終えて恋しくなったのは事実だ。
そして、次にあの店で食べるメニューは既に決めている。
勿論、ネギ味噌チャーシューだ。(半熟卵はなしで大盛でもない)
すると、高階君はぱっと明るく表情を変えた。
「じゃあ、行き着けにすればいいんじゃないですか!?」
けれど、私は光の速度で悪態をつく。
「やだよ。人の行き着け奪うなんて」
「奪ってなんて言ってませんよ。俺も行き着けますから、芽久美さんも行き着ければいいだけですって」
それでも、その一言を喜べないのは。
親切心ゆえの提案でも素直に受け入れられないのは。
だって、お互いの行き着けが一緒だなんて明らかに照れるじゃないの。
暖簾を潜った先、カウンター席に奴がいて、しかも手なんて振られちゃったらそれはそれで気まずいでしょ。
やっぱり私は速攻で帰るね。
「……やっぱり、ちゃんと探すからいいです」
だけど、残念だなぁと軽く舌打ちをする高階君には、なんだか私の意地っ張りに軽く気付かれている気がする。