たったひとりの君にだけ

それなのに。


今度は、ここで言う“身内”に、ささやかな思惑の邪魔をされる。

ゆっくりと遠ざかっていく憎き背中を、高階君が呼び止めた。

そして、案の定振り返った樹に再び尋ねる。


「さっき、好きかどうかって聞きましたよね?」


この上なく冷静だった。

少なからず緊張感が走ったことに気付き、私は再度、彼の紺色のダウンジャケットを引っ張る。
数分前より強く、力加減など微塵も脳裏を掠めずに。

それでも、高階君は少しも私に視線を向けることなく。


「あれ?言う必要ないって言わなかったっけ?」

「言いました」


そして。

樹の挑発を物ともしない雰囲気を存分に醸し出したままで。




「俺、大切なことは直接その人に伝えますから」




きっと。
ようやく、と言っても確実に許されると思う。

ちらっと横目で、一瞬だけ私を見た後で、けれどすぐさまそれを樹に向けて。


「……だから」


ひとつ区切って、思い切り言い放った。




「おめさだっきゃぜってえ言わねえはんでな!せばな!」




高階君は私の手を引き、その場を去る。

後ろを振り返る余裕はなかった。

けれど、残された男は恐らく、見るも無残なアホ面で、お口をぽかーんと開けているんじゃないかと思った。
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