たったひとりの君にだけ

予想外の自分の声で、心臓が速度を上げていた。

不用意にも見つめ合ったまま、呆気なく宙に消えていく吐息。

決して私達の邪魔はしない。
それが逆に憎たらしく思えた。

すると彼は、どうして今そんな顔が出来るの、と思わざるを得ないような顔を見せて、口元を緩めて柔らかに切り出した。


「芽久美さん」

「……なによ」

「あの、キオナってカフェに、ド派手な眼鏡掛けてた店員いませんでした?」


その問い掛けに、私は自然と手を離していた。


「え。い、いたけど」


瞬時に思い出される、5日前。
私が二度と足を踏み入れることが出来ないいわくつきの場所。

そして、忘れもしない、あの眼鏡。

実は直感的に思っていた。
眼鏡を外せばそこそこ“イケメン”なんじゃないかって。

だから、通常は眼鏡を装着することで男は3割増しでカッコよく見えるはずなのに、3割減で自分を下げて、それ以上に店の雰囲気を下げていたのが残念でならなかった。

こんな状況なのに、改めてそんなことを思い、しかめっ面を決め込んでいると、高階君は微かに笑い声を漏らした。

なに一人で余裕見せてるのよ、失礼だな、と思っていると、電柱に僅かに体重を掛けて、手袋未装着の冷たいであろう手をポケットに入れてこう言った。



「それ、俺の大学時代の友人なんです。で、キオナはそいつが作ったカフェなんです。上京して、大学1年のときにカフェで初めてバイトしてから、ずっとカフェ開業を夢見てお金貯めてて。で、去年やっと念願叶ってオープンして。直輝(ナオキ)っていうんですけど、ほら。店名“キオナ”でしょ?直輝を逆さまから呼んだらオシャレになったというナイスなネーミングセンス。あ、ちなみにルームシェアの相手も奴です」



鳩が豆鉄砲を食ったようだ、という表現を生み出した人に聞きたい。

私は今、もはや人間を恐れず己の為に餌を請う、その辺の公園にいるような鳩みたいな顔ですか。
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