たったひとりの君にだけ

と、よからぬことが脳裏を過ぎったとき、彼は白い息と共に寄り掛かっていた電柱から体を離した。
その行動に反射的に僅かに距離を空けると、彼は“優しい”声色で私に尋ねる。


「芽久美さん、覚えてますか?」


決して声には出さず、何をと視線で訴える。

すると、彼は口元を緩めてゆっくりと話し出した。



「……イヴ前夜、12月23日に、芽久美さんをマンションの廊下で待ってたとき、『そんな薄着で寒いから』って俺の心配してくれましたよね」



ハッキリとする記憶の中、そうだっけ、と適当に返す。

別に深い意味なんてひとつもなかった。
誰だって言うでしょ、それくらいは。


「で、それがなに?」

「まだあります。しつこいのに、クリスマスイヴにデートしてくれました」


訂正を希望したい。
デートじゃありません、ラーメンを食べただけです。

だけど、しつこいのを自覚していたことに関しては、素直に喜びたいと思います。


「それに、芽久美さんが風邪引いたときだって、移すから帰れって言った。その後、俺に喉渇いたなら冷蔵庫になんかあるからって気を遣ってくれた。しかも、俺が勝手に買い物行ったりお粥作っただけなのに、お礼だって言って今日、一緒にラーメン食べてくれた」


次々に彼の口から告げられる言葉。
『まだありますよ』と言われたけれど、当然の如く断った。

このままだと、どうでもいいことなのに収まってしまった、彼の優しいカテゴリーの中身を全て披露されてしまいそうで。
寒空の下、そんなの耐えられるはずもない。
< 156 / 400 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop