たったひとりの君にだけ
何も言い返さずにいると、彼はまた口を開く。
「芽久美さんも、自分のこと話してくれたから、俺もひとつ、自分のこと話していいですか?」
律儀に許可を取る理由もわからなければ、こちらは別に暴露大会を開いているつもりはない。
不可抗力でいろいろバラされただけだ。
不審に思う私がうんともすんとも答えずにいると、彼はそれを肯定と捉えたのだろう。
今度は傍の外壁に背を向ける。
付き合わなきゃいけないんだろうな、と思った私も、一人分の距離を空けて同じく外壁に寄り掛かる。
そして、彼はゆっくりと話し出す。
「芽久美さん、去年の秋くらいに、おばあさんを助けたことありませんか?」
「え?」
思わず首を右に曲げる。
偶然にも彼もこちらを見ていたようで、視線が交わり不覚にも心臓が跳ねた。
街頭の下、ニコッと笑う彼を視界に映しながら、指示通り、記憶の糸を手繰り寄せてみる。
「……そういえば、そんなこと、あったような……」
そして、ブーツの先に視線を落とした私は、素直に答えを口にした。
そう、確かあれは、休日の昼過ぎだった気がする。
照りつける太陽の下、私が外出の為に歩いていると、地図を片手にウロウロしているご婦人がいたこと。
見かねて声を掛けると、ご婦人はお孫さんに会いに遠路遥々やって来たそうで、だけど見事に道に迷ってしまったらしく。
確か、電話を掛けるにも新幹線の中でゲームに夢中になり、充電が切れて連絡が取れなくなったと言っていた。
こんなことになるなら意地を張らないで迎えに来てもらえばよかったと、物凄く後悔していたのを覚えている。
「で、その人がどうしたっていうの」
そして、数ヶ月前の出来事を、出来る限り思い出していた私の耳に届いたのは。
「あ、それ、俺のばあちゃんなんですけど」
あまりにもサラッと言い過ぎだと思う。
聞き逃さなかった私を褒めてもらいたい。
「はぁ!?」
そして、私は今日一日で、何度このリアクションをすればいいのだろう。
(それとも私が大袈裟なだけ?)