たったひとりの君にだけ
それなのに。
「でも、やっぱり優しいんです」
この期に及んで懲りずに繰り返す。
その図太い神経に心底感服しつつも、本気でやめてくれないものか。
「ほんっと、しつこいね」
額に血管を浮き上がらせながら、満面の笑みで褒め称える。
けれど、最上級の嫌味にも、彼は怯む気配すら見せず持論を展開する。
「芽久美さん」
「なーんでーすかー」
再度、外壁に体重を預けて、ポケットに手を入れて。
聞く耳持たずに聞き返すと、クスッという声が耳に届いた。
「……本当に優しい人は、自分が優しいなんて思ってないんですよ」
それは、言葉とは裏腹に。
一本の芯が通っているように感じられて。
不覚にも。
私は思わず息を呑んだ。
「自分優しいですよ、な~んて言われたら、胡散臭いと思いませんか?だから、さっきも言ったけど、芽久美さんは無意識に優しいんです」
恐る恐る、ゆっくりと視線を向けてみる。
案の定、彼は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめていた。
「本当に優しい人は、その優しさをひけらかさない。芽久美さんは、そういう人なんです」
思わず怯みそうになったなんて、絶対に認めたくないから目を背ける。
第一、こっちはさっきから、何度も何度も何度も何度も飽きるくらいに否定して、飽きれ返って帰りたいくらいなのだ。
滅茶苦茶でハチャメチャで身勝手な言い分に耳を傾けていた私は、反論する機会を伺っていた。
「ほら、芽久美さんが今、トレーナー職に就いてるのもその証拠だと思いますけど。優しさがなくちゃ出来ないでしょ?」
そして、ようやく、鼻で笑ってやった。
「優しさひとつで成り立つ職業なんてこの世にはないから。第一、仕事だからやってるだけ。賃金を貰ってるから頑張ってるだけよ」
「でも、優しさがなくちゃ出来ないです」
即座の反論にまたもや眉間に皺が寄る。
両耳には真っ赤なタコが出来そうだ。