たったひとりの君にだけ

だからこそ。
第一声、何を言ってやればいいのか悩む。

まずは、その勇気を賞賛すべきか。
それとも、挨拶代わりに一発、顔面をグーで思い切り殴ってやればいいのか。

とりあえず、頭を抱えたい衝動に駆られた。

私は何度この男に騙されれば気が済むのだろう。
本物かどうかなんて愚問だし、変装してるはずもなければ勘違いするはずもない。

だから、まず、こちらを先に片付けるべきだと決めた。


「……え」


鋭い視線に怯んだのがわかった。


「えっと、新人さん?初めまして」


ニコッと笑って問い掛ける。

今度は明らかに何かを恐れていた。
これから口にする言葉は、21歳の小娘には酷なのだろうか。


「えっと、……江口さん、ですね?初めまして」

「あ、はい、は、初めまして」

「あの、この人の名刺、見せてもらいました?」


すると、予想通りのドギマギした答えが返って来る。


「え、あ、い、いえ」


やっぱりな、と思う。


「あのさ、……何を教えてもらって来たんですか?」

「え?」

「アポなしだったら表情に出さなくても一応疑って。得体の知れない人物をいちいち相手にするほどこっちは暇じゃない、仕事出来ないから」


このご時勢、面倒ごとは未然に防ぐのが鉄則だ。

例を挙げるなら、スキンケアだってそうでしょう。

数年後に後悔しない為に今から高い金を掛けて必死になるわけで。
それがわからないなら、そんなピチピチの肌なんてしてないと思うけど。
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