たったひとりの君にだけ

「で、でも、急用だって、」

「全部コイツの嘘だから。第一、この人、高階じゃなくて神村だから」


ビシッと隣の男の顔面を指差す。

一方で、え、と驚く小娘に、私は容赦なく説教を続ける。


「こうやって不審者がオフィス内に入り込む。後々大変なことになるのよ。あとから責任追及されるのは自分も例外じゃないのよ?」


そして、私はその勢いのまま、すぐそこの法螺吹き男に向き直る。


「で、どういうつもり?」


腕を組んで、極上の睨みを利かせる。


「そんなに怒るなよ、可哀想だろ」

「誰の所為だと思ってるの?」

「無理言って頼んだんだよ。名刺は忘れたからって」


ビシッと高級スーツで決める、一流商社マンが名刺を忘れて出歩くとは思えない。

そんな言い訳が通用すると思ってんのか。


「仕方ねえだろ。こうでもしなきゃ俺には手段がなかったんだから。まぁ、ちょっと荒々しいとは思うけど」

「自覚あるなら普通はやらないと思うんだけど」

「そこは仕方がないから諦めろ」

「どの面下げてそんなこと言うわけ?受付で堂々と可愛いねってナンパするなんてありえないんだけど」

「お、嫉妬?」

「バカじゃないの。どうせ連絡先でも渡したってところでしょ」

「大正解。さすが芽久美」


冗談のつもりが的を射ていた。

この男、救いようがない。
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