たったひとりの君にだけ
「で、いつまでついてくる気?」
エントランスの自動ドアを抜け、いくらか歩いた後で背後の気配を無視出来なくなった私は、くるっと振り返りその飄々とした男を睨みつけた。
「いつまでも」
「は?」
「メシ行こうぜ」
「私がイエスって言うと思う?」
「思う」
相変わらずバカだ。
「……アンタ、私にあれだけ失礼なこと喋っておいてよく一緒にご飯行こうだなんて言えるよね」
「そんなこと言ったか?」
脳みそ溶けてんのか。
そして、悪びれる様子もなく、樹は続ける。
「もし仮に失礼なこと言ってたとしても、もうそれが底なんだったらこれから先怖いものなしだろ。俺達相性いいと思うぜ」
なんなんだろう。
その理論は独特だと、指摘するのも一苦労に思えるのは。
その口をガムテープで塞いでやりたい。
「……もう、面倒臭いから、さっきの受付嬢とご飯でも行けばいいよ。もうすぐ退社するでしょ。連絡先渡すくらい気に入ったんだから若い子にしなよ」
私よりもピッチピチで肌にもハリがあって、おまけに愛想もいいんだから飲んでて楽しいでしょうよ。
けれど、じゃ、と言って踵を返して去ろうとした私に、軽い声が飛んで来た。
「あぁ、あの連絡先は嘘」
「……は?」
「本当のなんて教えるわけないだろ」
遅れて反応した私に、それはとんでもない答えだった。
「だから、上手く乗せただけだっての。さっきお前も言ってただろ」
私はやっぱり男を見る目がなかったのだろうか。
「……アンタ、刺されるよ」
「大丈夫。俺は近々日本を去る身だから」
確信犯だ。
タチが悪い。
付き合っていた頃の時折見せる優しさはなんだったのか。
「あ。ってかお前、本当に高階だと思ってた?残念だったな、俺で」
そして、思い出したように言う彼を、何百万倍にも性格が悪化した元彼を、私は憐れな目で見るしかなかった。