たったひとりの君にだけ
「……そりゃ私も行きたいけど」
『じゃあ、行こうよ。っていうか、そろそろ着くけど』
「え」
と私が口にしたのと、ほぼ同時だったと思う。
反射的に首を曲げた先、スマホを耳に手を振りながら歩いて来る親友が見えた。
そろそろが本当にそろそろ過ぎて呆気に取られる。
ま、いっか、と思いつつ、近寄ってこのまま立ち去ってやろうとした瞬間、電話を切断した彼女はその場に立ち止まって目を見開いていた。
どうしたんだろうと思い、思わず振り返ってみると。
すぐ後ろで、存在を忘れていた、というか忘れたい男が立っていて。
数秒前の瑠奈同様、顔の横で手を振っていた。
しかも、悪寒が走るほどのスマイルをオプションに。
「……ちょっと!芽久美ッ!」
「えっ」
そして、駆け寄って来た彼女にぐいっと強めに右手を掴まれ、更なる道端へと引っ張られた。
その表情と行動から、言わんとしていることがわかってしまうから、面倒臭くて仕方ない。
「ねえ!」
「……はい、なんでございましょう」
「ちょっと!なんでございましょう、じゃなくて!今日一日で私の視力が低下してなければ、私にはあれが神村樹に見えるんですけど!」
大丈夫。
心配しないで。
あなたの視力は正常です。
(知ってるよ。出会った頃から変わらず両目1.5だよね、羨ましいよ)