たったひとりの君にだけ
くだらな過ぎて黙っていると、樹は『寒ッ』と口にして自分の両腕を掴んでいた。
「上、着てくればいいじゃない」
「取りに戻ればお前帰ってるだろ」
「そんなの言わずもがなでしょ」
「冷たいな。だって、悠長に上着を着てる暇なんてないだろ。急いでお前を追いかけなきゃならなかったんだから」
誰も頼んでない。
「あ。あと、これ」
「え?」
そう言われて、差し出されたのは福沢諭吉。
「……なに。足りないの?」
「違う。返すって言ってんだよ」
「なんで」
「俺、女に金出させる趣味はない。第一、好きな女に出させるなんて以ての外だから」
よくもまぁ、ぬけぬけと。
確かに、食事代を始め、コンビニの缶ビール一本でさえ払ってもらったことはなかった。
財布を取り出そうとするとさっと遮られた記憶がある。
だけど、あの頃と今は違う。
こっちだって以ての外だ。
そんなのプライドが許さない。