たったひとりの君にだけ
心の中で軽く謝って(8割方嫌味なのは言わずもがな)、最後の調理を開始する。
卵をもうひとつ足してあげようかな、と考えていると、隣から軽やかな声が聞こえた。
「そういえば、直輝と会ったんですよね?」
もう情報がそっちにいってるんですか。
さすが情報化社会。
筒抜けだ。
それより、また喋り出したら手元がお留守になるでしょ。
「そうだけど。彼、結婚してたんだね」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
「うん、聞いてない。奥さんの名前、佑李さんだっけ?」
「はい。佑李も同じ大学なんですよ。同じ工学部」
「へえ」
理系女子。
遠い響きだ。
「それよりも、メガネ君、相変わらずのド派手眼鏡でびっくりしたんだけど」
「“メガネ君”?」
なんだそれ、という疑問を纏った声に、私はフライパンから目を離さずに答える。
「そ。メガネ君。わかりやすい呼び名でしょ。勿論、本人には無許可だけど」
ずっと心の中で呼んでいただけ。
粗相なく、ちゃんと久瀬さんって呼んでました。
「確かに、的確なニックネームですね」
「でしょ」
「でも、メガネ君って呼んでも、直輝、喜ぶと思いますけど」
「なんで?」
「アイツ、スラ○ダンクの中ではメガネ君が一番好きだから」
「え」
思わず手が止まる。
手際が命なのに手が止まる。
「陵南戦の3Pシュートは何度見ても涙止まんないらしいです」
「……そりゃ、私もあのシーンは好きだけど」
「俺も好きですよ。あ、じゃあ、メガネ君と仲のいい俺は、さしずめゴリってとこですかね?」
「え」
数度目の『え』。
ゴリ。
大黒柱のゴリ。
メガネ君と共にインターハイを目指した努力家のゴリ。
「俺、ゴリも好きだな~」
高階君。
君は威厳ゼロです。