たったひとりの君にだけ
「Hey!!マスター、もう一杯!」
「げっ、お前まだ飲むのか?マジか?ってか、酔ってねえか?」
「酔ってるわけないでしょ。酔ってたら真面目にこんな話出来るわけないから」
「それもそうか。じゃあ、これでラストだぞ?俺もそろそろ眠い。あ。あとで自分でグラス洗えよ」
「え~!私客ですけど!」
「それくらいしろ!普段ならもう店閉めてんだからな。俺12時過ぎると電池切れるんだよ」
「マスター、いつからシンデレラになったの」
お口をポカーンと開けてアホ面満開の私をそっちのけで、二人はリズミカルに会話を続行する。
恥を忍んで口にしただけに、この切り返しは何事か。
「……ちょ、ちょいと瑠奈さん」
「なによ、芽久美も何か飲みたいの?」
「違う違う違う!ちょっと、さっきの話はどこいったの?」
「なんの話?」
真顔で聞き返す、この人は頭がおかしいのか。
「だから!狙うとかナントカカントカ!」
「そんなの冗談に決まってるでしょ。ってか、やめて、とか可愛らしく言えるんじゃない。新たな椎名芽久美はっけ~ん!カンパーイ!」
空のグラスを高らかに掲げて、一人だけ異常にテンションが高いのかと思いきや、カクテルを作りながら『そこはルネッサンスだろうが!』と突っ込むマスターも明らかにおかしい。
そして私は頭を抱える。
からかわれていると少なからずわかっていたのに。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。
「……ありえない」
蚊の鳴くような、力ない呟きさえ瑠奈に拾われる。
「ありえなくはないでしょ、明らかな本音なんだから。つまりは誰にも譲りたくないと。ね?」
見透かす瞳が生み出す最上級の居心地の悪さ。
言い返すことが出来ない。
今はただ、瑠奈とマスターに再確認の時間を与えられたように思う。
もう、手遅れと思うこと自体、手遅れだと。
「ってか、こんだけうろたえる芽久美も珍しいから、もうちょっとからかっとけばよかった」
「俺も本気で混ざればよかった」
「それこそ本気でやめて」
これ以上の追い討ちを受けたあかつきには、1円も払わずここから立ち去るだろう。
もっとも、そんなことをしてもマスターは少しも怒らないだろうけど。