たったひとりの君にだけ
耳馴染みの音が響く。
けれど、それ以上に、まるで心臓が耳元にあるみたいに激しく音を立ててうるさい。
中にいるのなら、今頃モニターには私の顔が映っているはずで。
居留守を使われるのなら、つらいけれどそれはそれで彼の自由で。
けれど、その理由はなんなのか、わからないままに諦めることがつらい。
尋常じゃないほどの気合いを入れて来た。
らしくもなく頬を両手で叩いたりして、自分の男前加減にちょっとだけ呆れたり。
昨日の夜なんて、就寝前に普段の3倍のストレッチをしてリラックスするように自分に強く言い聞かせたり。
こんなの本当に私らしくない。
だけど、既に、惹かれていると気付いてからの私はこれまでの自分とは大きくかけ離れていて。
本当の本当に。
恋愛がこんなにしんどいものだとは思わなかった。
左手に渾身のプリンタルトを、鎮めるように右手を胸に当てて俯きながらひたすら応答を待つ。
顔が見えなくちゃ、不審に思ってそれこそ居留守を使われるかもしれないのに。
でも、逆に、誰だかわからないからこそ、通話ボタンを押して対応してくれるかもしれない。
だけど、そこで私だと気付いてシャットアウトされたら。
マイナスを考えずにはいられない。
もし本当に、この扉の奥にいなかったとしても最悪、履歴は残る。
もう一度顔を上げて、念押しにインターホンを押せば私だと気付かせることは出来る。
けれど、それでも後で、連絡が来なければ。
そんなの、メールを送っても返信が来ないのと結局は同じ。
私にはなんの手立てもなくなる。
それならば、いつかの彼のようにこの廊下で帰宅を待つべきか。
だけど、そこまでして腕を振り払われてしまったら。
無限に繰り返されるループ。
考えても考えても結局は悪い方へと行き着いてしまう。
だから、早く。
この悪循環から連れ出して。
そして、ようやくピッという音が聞こえた。