たったひとりの君にだけ

「……どうして泣いてるんですか」



弱々しさを必死に押し殺したような響きに余計胸が苦しくなる。

無言は肯定を意味する。
だけど今は、そんなくだらないことに答えるよりも私の方が聞きたいよ。

私は顔を背けながら首を横に振る。


「泣いてなんかない」

「泣いてます!泣いてる!」


泣いたりするもんか。
どこの誰が目の前でみすみす己を陥れたりするっていうの。

けれど、力強く答えても彼は真っ向から否定する。
緩められても未だ拘束された手首と、背後から感じるえも言われぬ圧迫感。
そしてまた、消え入りそうな声で理由を求める。

“どうして”なんて、口にしたいのはこっちの方だって。
向き直って真正面から、睨みを利かせてぶつけたらわかってくれるのだろうか。


どうしてメールの返事をくれなかったの。
どうして冷たくあしらうの。
どうしていつもの笑顔を見せてくれないの。

それなのに。

どうして、そんなにつらそうなの。


何がしたいかわからない。
その心を少しも読めない。

霧がかかった山奥の中にいるようで、自ら明かりを灯したって先は見えないし、向こうから見える一筋の光だって本物かどうか危うい。

右手首の温もりは嘘だ。
信じられるはずもない。
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