たったひとりの君にだけ
私はどこまで甘ちゃんなんだろう。
そもそもはやっぱり彼が謝るべき話じゃないし、だけどここで私が謝るのはどこか違う気がした。
それで温和に物事が進むのならいくらでもそうする。
大人になるにつれてそうしてきたのだから。
けれど、軽々しく謝ることに慣れた私達だからこそ、心からの謝罪には勇気が要る。
高階君は照れることも、ましてや不貞腐れることもなく、真正面からぶつかってくれた。
今はただ、謝るよりももっと大事なことを。
言葉にしなくちゃ何も始まらないんだって。
私は彼の左手にそっと触れた。
「……違う、違うの」
ビクッと動いたことに気付きながらも、決して離さずに。
私は優しくその手を握った。
今度は私の話を聞いてと、指先から暗に願いを込めて。
予想以上に冷たく感じるのは、玄関先だからでも、私の手が冷たい所為だけでもないはずだ。
そっと目を閉じて、心を落ち着かせて。
もう一度、目を開けた。
「何もかも違うの」
何も返さない。
けれど、今はただ、耳を傾けてくれるのだと信じる。
「……抱き合ってたのは本当。でも、正しくは、抱き締められただけで、あれで最後だから、最後に許しただけで」
絶好の機会が巡って来たのに、どうして高階君のように上手く言葉を紡げないのだろう。
マニュアルがない。
いざというとき順を追って話すことが、これほどに難しく感じるのはそれほど切羽詰っている所為だと、こんな状況でもそれくらいはわかる。
それでも、伝えなきゃいけない。
むしろ、だからこそ拙い言葉でも伝えなければいけないと強く言い聞かせた。